今週の出来事 株式会社東報エージェンシー 代表取締役 豊田善治

久々の八ヶ岳「赤岳」登山

5月29日(土) AM3:00

目覚ましが鳴る。

外はまだ暗いが心はうきうきしている。

今日は、半年ぶりの登山に向かう。

目的地は八ヶ岳の最高峰「赤岳」標高2899m。

本来の目的地は別だった。

数年前から登りたいと熱い思いを馳せながら未だに行けていない「北岳」標高3192mへの登山を予定していた。「北岳」は日本で富士山に次ぎ2番目の標高を誇る。

しかし残念ながら今回も「北岳」への登山は断念となった。

理由は一つ。道路の封鎖により日帰りが出来ないからだ。

自分で言うのも何だが、私は登るのが早いほうだ。

登山地図に記載されている所要時間の3分の2程度の所要時間でいつも目的地まで到着する。

自分自身、意識して早く歩いているわけではないのだが、営業としての職業病かもしれない。

山に行っても自然と早歩きになってしまう。

そんなこともあり、朝5時から登り始めると、地図に記載されている所要時間で最大14時間適度の距離なら、十分日帰りが可能だ。

ただ無理はしない。必ずテントとシュラフ、そして日帰りでも2日分でもあり余る食料と水を必ず持参する。

単独登山はいつ何があるか分からない。

焦りからくる遭難や滑落を防ぐためにも、必ず帰らなくてもよい状況にしてから山に入るのだ。

こういった山での心得は、20も年の離れた大切な友人から教わった。

山登りを教わった師匠であり大切な友人でもある。

少し話がそれるが、初めての登山では色々な事を経験できた。

そのおかげで平然と単独登山が出来るようになったのだと思う。

私の初登山はその友人と2人で富士山に登った。

季節は極寒の2月。

4枚も5枚も上着を着込んだ上にスノーボードウェアをさらに着込み、スパッツの上から防寒のズボンを履いた。

靴はスキーブーツのようなハードブーツにアイゼンを装着し、手にはピッケルを持った。

背負う荷物は20kg、登山経験のない自分には新鮮だった。

TVで見るような冒険家を意識して臨んだ富士登山は、想像もしない過酷な体験となった。そして自分の弱さと甘さを思い知らされた。

5合目から全てが雪で覆い尽くされた山は、一歩一歩踏み出すのに大変な体力を要する。

一歩踏み出すごとに50cm足が沈む。

ほとんどラッセルしているのと変わらない。

朝6時ごろ出発して8合目に到着したのは15時ごろだった。

両足がつり、寒さで両手の感覚もない。指が動かずテントを張ることができない。

正直泣きが入った。しかしその友人は助けようとも手伝おうともしない。

いま思い起こせば、あそこで手を貸さなかったのは「友人としての優しさだったのではないか」と思う。
もしあの場面で手を借りていたら、今でも大変な局面で人に手を借りる癖がついていたかもしれない。

極限状態では誰も助けてくれない。

自力で解決するしかない。

大切な事を初の登山で教わった。

さらに夜には高熱を出した。

疲労に加え高山病である。

気温はマイナス20度。

寒くて眠れない。

さらに止まらない頭痛。

山の厳しさと登山家の凄さを思い知る。

話は「赤岳」に戻る。

何だか長くなりそうなので、続きはまた後日・・・

2010年6月2日(水)10:05 | 今週の出来事

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